EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

サファヴィー朝建築

Safavid architecture
年代
1501 — 1736
地域
ペルシア(サファヴィー朝イラン)
時代
バロック・ロココ

サファヴィー朝建築は、16世紀初頭から18世紀前半にかけてイラン高原を支配したサファヴィー朝(1501〜1736年)のもとで成熟したイスラーム建築の様式である。先行するティムール朝建築が築いた、青を基調とする壮麗なタイル装飾の伝統を受け継ぎつつ、新たな首都イスファハーンを舞台に、都市計画と一体化した大規模な建築群として結実した点に特色がある。

平面構成は、中庭の四方に大型のアーチ状の半屋外空間であるイーワーンを配する四イーワーン形式を基本とし、礼拝の方向であるキブラ側のイーワーンの奥に、ミフラーブを備えた礼拝室を二重殻の大ドームで覆う。このドームは、外殻を高く持ち上げて球根状の輪郭を与える一方、内殻を低く抑えて内部の親密さを保つ二層構造をとり、外観の記念性と内部空間の均衡を同時に成立させた。ドームや天井への移行部には、鍾乳石状の小室を積み重ねたムカルナスが用いられ、構造的な段差を装飾へと転化させている。

建築表面は、釉薬を施したタイルによって全面的に覆われる。サファヴィー朝期には、一枚のタイルに複数の色を同時に焼き付けるハフト・ラング(七彩)の技法が広く普及し、より自由で絵画的な文様表現が可能となった。文様は、植物の蔓を様式化して連続させたアラベスクや幾何学文、クーフィー体やナスフ体による銘文帯から構成され、コバルト・ブルーとターコイズを基調とする色面が、建築の内外を一体として包み込む。

代表作は、いずれも王都イスファハーンのイマーム広場(ナクシェ・ジャハーン広場)に集中する。広場に面して建つイマーム・モスク(王のモスク)と、王室専用のシャイフ・ルトゥフッラー・モスクは、門と礼拝室の軸線のずれを前室で巧みに処理する手法や、内外二重殻のドームなど、この様式の到達点を示す建築として名高い。

サファヴィー朝建築は、先行するティムール朝建築の語彙を継承・洗練したものであり、同時代に東方のムガル朝建築、西方のオスマン建築と並んで、近世イスラーム建築を代表する三つの大様式の一つを形づくった。

サファヴィー朝建築
§1

代表建築

Buildings
§2

様式の系譜

Lineage
親様式
ペルシア建築
本様式
サファヴィー朝建築
隣接する様式