テヘラン旧市街の城塞内に残るガージャール朝の王宮群。16世紀サファヴィー朝の城…
ガージャール建築は、ガージャール朝(1789〜1925年)のイランで展開した建築の総称である。サファヴィー朝以来のペルシア建築の平面と構法をほぼそのまま受け継ぎながら、19世紀を通じてヨーロッパ由来の意匠を積極的に取り込み、両者を一つの建物のうちに併存させた点に最大の特徴がある。
時代としては、王朝がテヘランを首都に定めた18世紀末から、パフラヴィー朝が成立する1925年までのおよそ130年間にあたる。中心はテヘランだが、シーラーズ、イスファハーン、タブリーズ、カーシャーンなど各地に宮殿・邸宅・モスク・バーザールが残る。とりわけナーセロッディーン・シャー(在位1848〜96年)の長い治世は、写真・印刷・鉄道といった技術とともに西欧的な建築の語彙が流入した時期であり、この様式の性格を決定づけた。
構成の骨格は伝統に忠実である。中庭を囲む配置、イーワーン、柱を並べて庭に開く前面テラス(タラール)、ペルシア式庭園の軸線と水路、バードギールによる通風といった要素が引き続き用いられる。変化が大きいのは装飾である。七彩のタイル(ハフト・ラング)が主役となり、色調はサファヴィー朝の深い青を基調とするものから、桃色・黄・淡青を交えた明るい配色へ移った。図様も幾何学と草花に加えて、人物・風景・狩猟といった具象が現れる。室内では鏡を細かく割って貼る鏡張りが大規模に用いられ、ムカルナスと組み合わさって光を乱反射させる。開口部には木の細桟に色ガラスを嵌めた格子窓オロシーが入り、室内を彩色された光で満たす。
そこへ西欧の要素が重ねられる。円柱とペディメント、バルストレード、独立した階段室といった新古典主義やバロックの語彙が、外観にも内装にも取り込まれた。ゴレスターン宮殿のカーヘ・アビヤズ(白宮殿、1883年完成)や、頂部に時計を戴くシャムソル・エマーレは、ヨーロッパの版画や写真から得た形を在来の構法の上に載せた例である。この折衷は模倣というより、二つの体系を並置したまま成立させる態度に近い。
代表例としては、世界遺産に登録されたテヘランのゴレスターン宮殿のほか、色ガラスの採光で知られるシーラーズのナスィーロル・モルク・モスク(1876〜88年)が挙げられる。
様式の系譜のうえでは、ペルシア建築の一段階として、先行するサファヴィー建築の到達を規範に置きつつその装飾をより軽く華やかにしたものと位置づけられる。続くパフラヴィー朝期には、アケメネス朝やササン朝の意匠を引用する国民主義的な様式と、西欧の近代主義とに置き換えられていった。