ルートヴィヒスブルク城 Ludwigsburg Palace
ドイツ南西部バーデン=ヴュルテンベルク州に建つ、ドイツ最大級のバロック宮殿。ヴュルテンベルク公エーバーハルト・ルートヴィヒが1704年に着工し、1733年に完成した。452室・18棟からなり「シュヴァーベンのヴェルサイユ」とも称される。
§1 — 概要概要
ルートヴィヒスブルク城(Ludwigsburg Palace / Residenzschloss Ludwigsburg)は、ドイツ南西部バーデン=ヴュルテンベルク州の都市ルートヴィヒスブルクに建つバロック様式の宮殿である。452の部屋と18の棟からなり、庭園を含めた敷地は約32ヘクタールに及ぶ、ドイツ最大級の宮殿建築群である。その壮麗さから「シュヴァーベンのヴェルサイユ」とも呼ばれる。第二次世界大戦の戦災を免れた数少ないバロック宮殿の一つであり、創建当時の姿を良くとどめている。
歴史
ヴュルテンベルク公エーバーハルト・ルートヴィヒが、当初は狩猟の館として1704年に建設を始めた。建設監督は短期間に交代を重ねた。最初にフィリップ・ヨーゼフ・イェーニッシュが旧主館(アルター・ハウプトバウ)の建設に着手し、1707年からはヨハン・フリードリヒ・ネッテが引き継いで三翼構成の宮殿へと拡張した。1714年のネッテの死後、1715年にドナート・ジュゼッペ・フリゾーニが監督を継ぎ、礼拝堂や巨大な新主館(ノイアー・ハウプトバウ)を加えて、中庭を囲む四翼の方形へと完成させた。1718年に公が居城をシュトゥットガルトから移したことで、宮殿はヴュルテンベルク公国の事実上の中心となる。建設は1733年にほぼ完了し、同年に公は世を去った。
建築的特徴
設計には、ボヘミアやオーストリアのバロックの影響が色濃い。これは、ネッテとフリゾーニがともにボヘミアで建築を学び、同地の職人を多く起用したことによる。一方でマンサード屋根や鏡の間にはフランス由来の意匠も見られ、ドイツ・イタリア・ボヘミアの要素が一つの建築に融合している。中心となるコール・ド・ロジを軸に、東西の翼と南北の主館が方形を構成し、内部は華麗なスタッコ装飾と天井画で飾られる。新主館の大理石の間(マルモアザール)は宮廷の威光を象徴する空間であり、城内には1758年の舞台機構を残すヨーロッパ最古級の宮廷劇場も伝わる。
意義・現在
ルートヴィヒスブルク城は、絶対主義時代のドイツ諸侯の権勢を体現する建築として知られる。後世にはロココや新古典主義の改装も加えられ、複数の様式が一つの宮殿に重なり合う点でも貴重である。現在はバーデン=ヴュルテンベルク州が管理し、バロック絵画館や陶磁器・ファッションの博物館が置かれ、庭園「ブリューエンデス・バロック(花咲くバロック)」とともに多くの来訪者を集めている。創建から約300年を経た現在も、原型を良くとどめるバロック建築群として高い価値をもつ。