リュクサンブール宮殿 Luxembourg Palace
パリ六区、リュクサンブール公園に臨む宮殿。摂政マリー・ド・メディシスがサロモン・ド・ブロスに設計させ1615年に着工した、フィレンツェの記憶を映す初期バロックの王宮で、現在はフランス元老院が置かれる。
§1 — 概要概要
リュクサンブール宮殿(Palais du Luxembourg)は、パリ六区、リュクサンブール公園の北端に建つ宮殿である。摂政マリー・ド・メディシスが自らの住まいとして17世紀前半に建てさせ、フランス革命を経て立法府の議事堂へと姿を変えた。現在はフランス元老院(上院)の議場として用いられている。重厚な石積みの外観と、南へ広がる整形式庭園で知られる。
歴史
アンリ4世の死後、その妃でルイ13世の摂政となったマリー・ド・メディシスは、1612年にリュクサンブール家の旧邸を買い取り、新たな宮殿の造営を決めた。故郷フィレンツェのパラッツォ・ピッティを思わせる建物を望み、設計を建築家サロモン・ド・ブロスに委ねて1615年に着工した。工事は彼女が政争に敗れて宮廷を追われる1631年ごろまで続いた。
革命期には一時牢獄や政府の施設に転用され、19世紀に入ると立法府の場として整えられていく。1799年から1805年にかけてジャン=フランソワ・シャルグランが議事堂への改造を手がけ、さらに1835年から1841年にはアルフォンス・ド・ジゾールが庭園側のファサードを南へ前進させ、図書室や会議場を増築した。ド・ジゾールはド・ブロスの古典的な意匠を丹念に模し、新旧の継ぎ目を感じさせない拡張を成し遂げている。
建築的特徴
外観の最大の特徴は、面いっぱいに刻まれたルスティカ(粗石積み風)の仕上げである。横へ走る帯状の目地が壁面に陰影と量感を与え、イタリア・ルネサンス末期の宮殿建築をフランスに移植した趣を生む。中央のパヴィリオンには円蓋を戴き、左右対称の明快な構成は、後のフランス古典主義建築の出発点を示す。
内部では、マリー・ド・メディシスがルーベンスに描かせた連作絵画(現在はルーヴル美術館が所蔵)や、19世紀にウジェーヌ・ドラクロワが手がけた図書室の天井画が知られる。南面に開ける庭園は、水盤と彫像、幾何学的な花壇を備えた整形式庭園で、パリ市民の憩いの場となっている。
意義・現在
リュクサンブール宮殿は、外来の様式をフランスの古典主義へ昇華させた近世初頭の宮廷建築として、建築史上の節目に立つ。住居から議事堂へという用途の転換を重ねながら、四世紀にわたり姿を保ってきた点でも稀有である。今日では元老院の議場であると同時に、付属する美術館や広大な公園を通じて、街に開かれた歴史的空間でもある。フランス歴史的記念物(Monument historique)に指定されている。