ドゥカーレ宮殿(ウルビーノ) Palazzo Ducale
イタリア中部ウルビーノに建つルネサンスの宮殿。傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロが1454年頃から築き、ラウラーナとフランチェスコ・ディ・ジョルジョが手がけた。要塞を品位ある住居に変えた初期ルネサンスの傑作で、世界遺産に登録される。
§1 — 概要概要
ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)は、イタリア中部マルケ州の丘上都市ウルビーノに建つルネサンスの宮殿である。傭兵隊長にして人文主義の庇護者フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロが、自らの権勢と教養を映す住居として築かせた。中世の城砦を取り込みながら、比例の調和に貫かれた中庭や繊細なファサードを備えた開かれた住居へと姿を変えた点で、初期ルネサンス建築の到達点に数えられる。現在はマルケ国立美術館(ガッレリーア・ナツィオナーレ・デッレ・マルケ)を収め、ピエロ・デッラ・フランチェスカやラファエロの名品を蔵する。1998年に「ウルビーノ歴史地区」として世界遺産に登録された。
歴史
建設は15世紀半ば、フィレンツェのマーゾ・ディ・バルトロメオの手で1454年頃に始まり、先行する「イオレの館」などを取り込んで進められた。1466年、ダルマチア出身のルチアーノ・ラウラーナが招かれて主任建築家となり、宮殿の最も革新的な部分——名誉の中庭、大階段、フェデリーコの私室群——を構想する。ラウラーナが1472年にナポリへ去ったのち、1476年からはシエナのフランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニが引き継ぎ、中庭とファサードを完成させ、厩や貯水槽を収めた地下の実用空間を整えた。フェデリーコが1482年に没すると工事は緩み、宮殿は未完の部分を残したまま今日に至る。ウルビーノ生まれのブラマンテが後年関与した可能性も指摘される。
建築的特徴
最大の見どころは、ラウラーナの設計になる名誉の中庭(コルティーレ・ドノーレ)である。一階は組み合わせ柱式の列柱が囲む開廊をなし、上のピアノ・ノービレには柱に対応するピラスターが並んで、明晰な比例の調和を生む。隅部はL字形の角柱で処理され、アーチの連続が破綻なく回る。西側に向いては、二本の細い円塔に挟まれたファサード(トッリチーニのファサード)が丘の斜面にそびえ、要塞の記憶と宮廷の優美を併せもつ。内部にはフェデリーコの小書斎ストゥディオロがあり、書物や楽器、科学器具を錯視的に描いた木象嵌(インタルシア)の壁面は、ルネサンスの寄木細工の最高峰とされる。
意義・現在
ドゥカーレ宮殿は、戦さの要塞でも閉ざされた城でもなく、人文主義の理想を空間に翻訳した「都市のかたちをした宮殿」と評される。フェデリーコの宮廷には画家・学者・建築家が集い、ウルビーノを小都市ながらルネサンス文化の一中心へと押し上げた。その明晰な空間構成は盛期ルネサンスを先取りするものであり、ブラマンテやラファエロら次代の巨匠を育む土壌ともなった。今日では世界遺産の中核としてマルケ国立美術館を収め、宮殿そのものが最大の展示品として訪れる者を迎えている。
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