ヴェッキオ宮殿 Palazzo Vecchio
フィレンツェの政庁舎。1299年に共和国の威信をかけて着工された、粗石積みの壁と高さ94メートルの塔をもつゴシック都市建築であり、後にメディチ家の宮殿としても用いられた。
§1 — 概要概要
ヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)は、イタリア・フィレンツェの政庁舎であり、シニョリーア広場に面して立つ。「古い宮殿」を意味する現在の名は、メディチ家の居所がアルノ川対岸のピッティ宮へ移った後に定着したもので、もとはフィレンツェ共和国の統治機関にちなみシニョリーア宮と呼ばれた。中世以来、市政の中枢として機能し続けている点で、ヨーロッパの市庁舎建築を代表する一棟である。
歴史
1299年、フィレンツェの市民団は、都市の威信にふさわしく、かつ動乱の際にも防御しうる政庁の建設を決め、大聖堂やサンタ・クローチェ聖堂を手がけた建築家アルノルフォ・ディ・カンビオに設計を委ねた。建物は、市から追われたギベッリン派ウベルティ家の屋敷跡に築かれ、その地に彼らの邸が二度と建たぬよう据えられたと伝わる。1540年にはコジモ1世・デ・メディチが居所をここへ移し、内部はジョルジョ・ヴァザーリによって大改修され、「五百人広間」をはじめとする壮麗な空間が整えられた。
建築的特徴
方形の塊状の躯体は、荒々しい粗石積みの壁面に覆われ、各層にトレフォイル(三葉)アーチの二連窓が並ぶ。頂部には小アーチと持送りに支えられて張り出す胸壁がめぐり、要塞のような厳めしさを与える。中心からずれて立つ高さ94メートルの鐘塔(アルノルフォの塔)は、フォラボスキ家の旧塔を取り込んで築かれたため、正面の軸からはずれている。
意義・現在
中世都市国家の自治と権力を可視化したこの建物は、共和国から公国へと至る政体の変遷をそのまま体現している。現在も市庁舎として使われる一方、ヴァザーリの装飾や歴史的な諸室を公開する博物館でもある。ユネスコ世界遺産「フィレンツェ歴史地区」の一画を占め、広場とともに都市の象徴であり続けている。