サンタ・マリア・デル・ポポロ教会 Santa Maria del Popolo
ローマ北端のポポロ広場に面するルネサンス期の[[basilica|バシリカ]]聖堂。15世紀後半に教皇シクストゥス4世のもとで再建され、ブラマンテの内陣やラファエロ設計のキージ礼拝堂、カラヴァッジョの傑作絵画を擁する、ローマ屈指の美術の宝庫である。
§1 — 概要概要・位置づけ
サンタ・マリア・デル・ポポロ教会(Basilica di Santa Maria del Popolo)は、イタリア・ローマの北の玄関口にあたるポポロ広場の一角に建つ、アウグスティノ会のバシリカ聖堂である。初期ルネサンス期に再建された建築であると同時に、ブラマンテ、ラファエロ、ベルニーニ、そしてカラヴァッジョといった各時代を代表する芸術家が手を加えた、ローマ屈指の美術の宝庫として知られる。
歴史
起源は1099年、市民の拠金によって建てられた小聖堂に遡るとされる。現在見られる建築の骨格は、教皇シクストゥス4世のもとで1472年から1477年にかけて行われた再建によって成立した。この再建を担った設計者については、16世紀の美術史家ヴァザーリがバッチョ・ポンテッリの名を挙げる一方、近年の研究では建築家・彫刻家アンドレア・ブレーニョの関与を重視する説が有力であり、なお確定していない。16世紀初頭にはドナト・ブラマンテが内陣(後陣)を増築し、1509年に完成させた。さらにラファエロが銀行家アゴスティーノ・キージのためにキージ礼拝堂を設計し、17世紀半ばにはジャン・ロレンツォ・ベルニーニが内部と正面ファサードにバロック的な改修を施している。
建築的特徴
平面はラテン十字を基本とし、身廊と側廊からなる三廊式の構成をとる。初期ルネサンスらしい簡潔な付柱とアーチの分節の上に、後世のバロック装飾が重なり合う点に、この聖堂の重層的な性格がよく表れている。ブラマンテによる後陣は、ローマにおける盛期ルネサンス空間の先駆として重要であり、ラファエロが手がけたキージ礼拝堂は、ドーム・壁面・床・彫刻・絵画を一つの総合的なプログラムとしてまとめ上げた、ルネサンス期の理想的な集中空間の実例とされる。
意義・現在
チェラージ礼拝堂には、カラヴァッジョが1601年に描いた《聖パウロの回心》と《聖ペテロの磔刑》の二点が掛けられており、劇的な明暗法による初期バロック絵画の到達点として、世界中から鑑賞者を集めている。建築・彫刻・絵画が数世紀にわたって積層したこの聖堂は、ローマ美術史を一棟のうちに凝縮した存在であり、現在もアウグスティノ会の聖堂として日常的に用いられている。