サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 (ミラノ) Santa Maria delle Grazie
ミラノにあるドミニコ会の教会と修道院。ゴシックの身廊にブラマンテのルネサンス様式の後陣が接ぎ、食堂にはレオナルドの『最後の晩餐』を蔵する世界遺産である。
§1 — 概要概要
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(Santa Maria delle Grazie)は、イタリア・ミラノに建つドミニコ会の教会と修道院である。ロンバルディアの伝統を引くゴシックの聖堂に、ドナト・ブラマンテによるルネサンス様式の後陣が接ぎ木された、二つの時代がせめぎ合う建築として知られる。付属する食堂(チェナーコロ)の壁には、レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画『最後の晩餐』が描かれている。
歴史
教会と修道院の建設は、先行する礼拝堂の地に1463年から始まった。グイニフォルテ・ソラーリが主任建築家として、組積による重厚なゴシックの身廊を1469年ごろまでに整えた。やがてミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァがこの教会を一族の霊廟と定め、回廊(キオストロ)と内陣部を造り替える。1490年以降に完成したこの新しい後陣と交差部・円蓋の設計はブラマンテに帰され、ローマへ向かう前の彼の到達点を示す。1497年には公妃ベアトリーチェがここに葬られた。第二次世界大戦下の1943年8月、連合軍の空襲が教会と修道院を直撃して食堂の大半が崩れたが、『最後の晩餐』を支える壁は奇跡的に残った。建物は1930年代からピエロ・ポルタルッピの指揮で補強・修復が進められており、戦後もその再建が引き継がれた。
建築的特徴
ソラーリの身廊は、尖頭アーチと簡素な煉瓦壁にロンバルディア・ゴシックの重さをとどめる。これに対しブラマンテの後陣は、立方体の上に十六角形の鼓胴と円蓋を載せ、半円アーチと明快な幾何学で律された明るい中心空間をつくり出す。重く垂直なゴシックと、軽やかで均整のとれた初期ルネサンスとが、一つの軸線上で対比される点にこの建築の妙味がある。赤い煉瓦と白い装飾の対照、繊細なテラコッタの細部も見どころである。
意義・現在
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエは、中世から近世への建築の転換を一棟のうちに体現する稀有な作例であり、ブラマンテがやがてローマで展開する盛期ルネサンスの予兆をここに読み取ることができる。『最後の晩餐』を擁することでも比類なく、教会と修道院は壁画とともに1980年に世界遺産へ登録された。今日も礼拝の場であり続けるとともに、世界中から訪れる人々がレオナルドの傑作と対面する場所となっている。
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