サンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂 Santissima Annunziata
フィレンツェのサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場に建つ聖母領報の聖堂。セルヴィート会の母教会で、ミケロッツォとアルベルティによる集中式の内陣を核とするルネサンス建築である。
§1 — 概要概要
サンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂は、フィレンツェ市街の北東、同名の広場に面して建つカトリックの小バシリカである。セルヴィート(聖母の僕)会の母教会であり、奇跡譚をもつ「受胎告知」の画像を祀ることで古くから篤い崇敬を集めてきた。
歴史
教会は1250年、セルヴィート会の創立者である七人の修道士によって創建された。1252年に修道士が描いたとされる受胎告知の画像が奇跡の伝承を生み、巡礼を集めるようになる。その崇敬の高まりを受け、1444年にマントヴァのゴンザーガ家が特別な内陣(トリブーナ)の造営を出資した。当初はミケロッツォ・ディ・バルトロメオが起用されたが、ゴンザーガ家がレオン・バッティスタ・アルベルティを重んじたため、1469年に設計はアルベルティへと引き継がれた。アルベルティの案は既存の基礎に制約されながら進められ、本人の没(1472年)の後、1481年に内陣は完成をみた。さらに正面のポルティコは1601年にジョヴァンニ・バッティスタ・カッチーニが付け加え、内部は17世紀にバロック様式へと改装されている。
建築的特徴
本聖堂の核心は、円形の集中式空間に放射状の祭室を巡らせた内陣(トリブーナ)にある。これは古代の集中式建築に学んだアルベルティの古典主義のあらわれであり、ルネサンス初期における集中式平面の重要な実例とされる。正面のポルティコは、広場の対面に建つブルネレスキの捨子養育院の連続アーチに倣い、広場全体に調和をもたらしている。柱間にはピラスターが用いられ、後世のバロック装飾がその古典的骨格の上に重ねられた。
意義・現在
サンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂は、ミケロッツォとアルベルティという初期ルネサンスの二人の建築家が関与した集中式内陣によって、建築史上に確かな位置を占める。聖堂はユネスコ世界遺産「フィレンツェ歴史地区」の一部をなし、受胎告知の聖画を祀る巡礼地として、今日も信仰と観光の場であり続けている。
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