スウェーデン、メーラレン湖の半島に立つ、同国最大の個人邸宅とされるバロックの城。三十年戦争で名を上げたヴランゲル伯が、大国時代の富を注いで1654年から築いた。施主の死で未完のまま残り、いまは武具・美術を伝える国立博物館である。
§1 — 概要概要
スコークロステル城(Skokloster Castle、スウェーデン語: Skoklosters slott)は、ストックホルムとウプサラの中間、メーラレン湖に突き出た半島に立つバロック様式の城館である。スウェーデンで建てられた個人邸宅としては最大とされ、17世紀スウェーデンの「大国時代(ストールマクツティーデン)」を象徴する建築として知られる。施主は、三十年戦争などで活躍した軍人カール・グスタフ・ヴランゲル伯である。
歴史
ヴランゲルは、戦功と戦利品によって巨富を築いた大国時代の代表的な武人だった。彼はその富を注ぎ、1654年にメーラレン湖畔で城の建設に着手する。1668年ごろには、四隅に塔をもつ正方形の外観がほぼ整ったが、内装の仕上げはその後も長く続いた。長期化の背景には、たび重なる戦争による熟練職人の不足や、他の所領にかかる莫大な出費があったとされる。
1676年にヴランゲルが世を去ると、工事は突如止まった。賃金の支払いを案じた職人たちは道具を置いて立ち去り、計画されていた庭園や水辺の施設も実現しなかった。城はヴランゲルの娘ユリアナとその夫ニルス・ブラーエに受け継がれて長子相続の世襲財産(フィデイコミス)となり、ブラーエ家が断絶する1930年まで同家のものであった。その後フォン・エッセン家を経て、1967年に建物と所蔵品がスウェーデン国家へ売却され、城は国立博物館となった。
建築的特徴
設計の原案は、ポメラニア出身のドイツ人棟梁カスパー・フォーゲル(Caspar Vogel)が手がけ、後にジャン・ド・ラ・ヴァレーやニコデムス・テッシン(父)らが加わって練り上げられた。建物は、中庭を囲む正方形の四翼に、八角形の隅塔と銅葺きの屋根を組み合わせる。一見、城塞を思わせる構えだが、防御のためではなく、施主の権勢を示すための堂々たる邸宅である。ワルシャワのウヤズドフ城など、ヴランゲルが各地で見た建築が手本になったと考えられている。
この城を特異な存在にしているのが、未完のまま残された大広間「未完の間(Unfinished Hall)」である。1676年夏に職人が作業を止めたときの姿が、道具や削りかけの装飾もろともそのまま保たれており、17世紀の建設現場が完全な形で残るヨーロッパ唯一の例とされる。
意義・現在
仕上げられた部屋には、絵画・家具・織物・金銀の食器など、バロックの豪奢が凝縮されている。なかでも武具庫は、17世紀の個人所有の武器コレクションとしては世界最大規模で、その多くはヴランゲルがポーランドなどの戦役で得た戦利品である。アルチンボルドの「ウェルトゥムヌス」をはじめとする美術品や、膨大な蔵書も伝わる。完成を見ないまま時を止めたこの城は、大国時代スウェーデンの野心と文化を、ほぼ手つかずの形で今に伝えている。