イラン南部シーラーズにある、14世紀の抒情詩人ハーフェズの墓廟。1935年に仏人考古学者アンドレ・ゴダールが設計し、ザンド朝様式に倣う開放的な円柱亭と銅葺きの円蓋を、詩に詠まれた庭園のなかに据える。
§1 — 概要概要
ハーフェズ廟(حافظیه)は、イラン・ファールス州の州都シーラーズ北郊のムサッラー庭園に建つ、14世紀ペルシアの抒情詩人ハーフェズ(c.1315–1390)の墓廟である。ハーフェズはガザル(抒情詩)の名手として「リサーノル・ガイブ(神秘の代弁者)」と称えられ、その詩集『ディーワーン』は今日もイランの家庭に広く備えられている。墓所であると同時に、詩人を悼み詩と語らう場として国民的な巡礼地となっている点に、この廟の性格がよく表れている。
歴史
詩人の墓に最初の記念建築が築かれたのは没後およそ60年の15世紀、ティムール朝の総督による。以後サファヴィー朝・アフシャール朝が修復を重ね、1773年にはザンド朝の創始者カリーム・ハーンが石と煉瓦の四柱の広間を整えた。墓石は今もこのザンド朝期のもので、ハーフェズの詩がナスタアリーク体で刻まれている。現在の廟は1935年、教育相アリー・アスガル・ヘクマトの主導で計画され、イラン考古局長を務めた仏人考古学者アンドレ・ゴダールが設計を担った。施工はおよそ1938年まで続いた。ゴダールはザンド朝建築の要素に倣いつつ、カリーム・ハーン期の四本の円柱に新たな柱を加えて全体を再構成している。
建築的特徴
廟域はタラール(開放的な円柱の広間)によって南北に分かたれる。長さ56メートル・幅7メートルのこの広間は高さ5メートルの石柱20本に支えられ、ザンド朝以来の四柱に16本を継ぎ足したものである。北側の墓廟は五段の階に囲まれた基壇に立ち、八本の円柱がコラー・ファランギー形式の円蓋を支える。蓋を覆う銅は、貴金属を避けることで世俗への執着を退ける含意を帯び、その形は托鉢僧(ダルヴィーシュ)の帽子に擬えられた。八本の柱と八つの出入口は天国の八門を象るとされる。蓋の内側にはトルコ青や紫紅を交えたモザイク・タイルが施され、各柱にはハーフェズの詩句がナスタアリーク体で掲げられている。廟全体は、詩人がその詩に繰り返し詠んだペルシア式庭園の只中に据えられている。
意義・現在
廟は単なる墓所ではなく、詩を通じて死者と語らう場である。訪れる人々は詩集を開いて吉凶を占う「ファーレ・ハーフェズ」を行い、夕刻には柱廊に集って詩を朗唱する。サアディー廟と並ぶシーラーズの文学的象徴であり、レザー・シャー期の文化国家事業として、ペルシア文学の遺産を国民の記憶に刻む役割も担った。1975年にイラン国定遺産(登録番号1009)に登録され、今日も国内外から多くの参詣者を迎えている。