トレントのドゥオーモ Trento Cathedral
イタリア北部トレントの大聖堂。市の守護聖人ヴィジリオに捧げられ、13世紀にロンバルディア・ロマネスクの様式で建てられた。地下に初期キリスト教のバシリカを残し、16世紀にはトリエント公会議の舞台となった。
§1 — 概要概要
トレントのドゥオーモ(Cattedrale di San Vigilio)は、イタリア北部トレントの大聖堂である。市の守護聖人ヴィジリオに捧げられ、13世紀初頭、コマチーニの棟梁アダーモ・ダローニョの設計で建設が始まった。ロンバルディア・ロマネスクを基調に、後のゴシックの要素も加わった建築で、16世紀にはトリエント公会議の主要な舞台となったことで歴史に名を刻む。
歴史
この地には、4世紀に聖ヴィジリオが殉教者を葬るために建てた初期キリスト教のバシリカがあった。13世紀初め、司教領主フェデリーコ・ヴァンガがこれを建て替えることを決め、1212年、アダーモ・ダローニョに新たな大聖堂の建設を委ねた。工事はアプスから始まり、ヴァンガの死や代替わりを経て一世紀以上にわたって続いた。アダーモの死後は、息子エンリコや、カンピオーネの工人エジディオ、ボニーノらが引き継ぎ、南側面や鐘塔、ファサードのバラ窓などを加えて、1321年ごろに今日の姿へ至った。1545年から1563年にかけては、この聖堂で対抗宗教改革の画期となるトリエント公会議の主要な会議が開かれた。
建築的特徴
大聖堂は、三廊式の身廊に翼廊を備える。外観はロンバルディア・ロマネスクの重厚な石造を基調とし、軒下を小アーチで飾る帯や、柱を獅子像が支える門口など、北イタリア特有の意匠を残す。一方で、ファサードと北翼廊を飾る大きなバラ窓――「運命の輪」と呼ばれる――や尖頭の細部には、ゴシックの手が見える。設計では二基のカンパニーレが計画されたが、建てられたのは一基のみであった。床下には、発掘された初期キリスト教バシリカの遺構が保存され、聖堂の古い起源を今に伝えている。
意義・現在
トレントのドゥオーモは、ロマネスクからゴシックへの移行期に、一世紀以上をかけて複数世代の工人が築いた、北イタリアの代表的な大聖堂である。なかでも、1545年から1563年のトリエント公会議の舞台となったことで、その名はカトリック教会の歴史に深く刻まれている。1940年にイタリアの国定記念物に指定され、今日もトレントの中心、ドゥオーモ広場に面して、街の信仰と歴史の中心であり続けている。