アーセナル・スタジアム Arsenal Stadium
ロンドン北部ハイバリーにあった、アーセナルFCの本拠地サッカー競技場。1913年に開場し、1930年代に増築されたアール・デコ様式の東・西スタンドで知られた。2006年にクラブが移転した後は集合住宅へ転用され、登録建築の二棟が保存されている。
§1 — 概要概要
アーセナル・スタジアムは、ロンドン北部のハイバリー地区にあった、サッカークラブ、アーセナルFCの本拠地である。一帯の地名から「ハイバリー」の通称で広く知られた。1913年に開場し、1930年代の大改修で建てられたアール・デコ様式の東・西スタンドによって、20世紀前半の競技場建築を代表する存在となった。クラブが2006年に隣接地のエミレーツ・スタジアムへ移転した後、敷地は集合住宅へと姿を変えた。
歴史
アーセナルは1913年、それまでの本拠地を離れ、地元の学校の運動場跡地にこの競技場を建設して移ってきた。当初の設計は、英国各地のサッカー場を手がけた技師アーチボルド・リーチによる。1930年代に入ると大規模な再建が行われ、1932年にクロード・フェリエ設計の西スタンド、1936年にウィリアム・ビニー設計の東スタンドが完成して、競技場の相貌は一新された。戦後も改修が重ねられたが、テイラー報告を受けた全席着席化と、周辺住民の反対による拡張の断念とが重なり、収容力で限界に達した。クラブは新スタジアムの建設を選び、2006年5月の試合を最後にハイバリーは競技場としての歴史を閉じた。
建築的特徴
建築的な見どころは、1930年代のアール・デコ様式の二棟のスタンドにある。とりわけ東スタンドの正面は、鉄筋コンクリートによる直線的で記念碑的な構成をとり、アーセナルの大砲を象ったエンブレムを掲げた。観客席の上屋は、視界を妨げる柱を減らすために片持ち構造を用い、当時としては先進的な設計であった。ピッチを四方から密接して囲むスタンドの構成は、観客と選手の距離が近い独特の雰囲気を生み、長く名物とされた。東・西スタンドはその建築的価値から、グレードⅡの登録建造物に指定されている。
意義・現在
ハイバリーは、英国のサッカー競技場が単なる観覧施設から、建築的に意匠を凝らした都市施設へと発展した時代を象徴する。クラブ移転後、競技場は「ハイバリー・スクエア」と名づけられた住宅地へと再開発され、北スタンドとクロックエンドは解体されたが、登録建造物である東・西スタンドの躯体は保存され、内部を住戸に改めて新たな建物群に組み込まれた。かつてのピッチは住民のための庭園となっている。競技場そのものは失われたものの、アール・デコのファサードは今もハイバリーの街区に残る。