サン・クレメンテ教会 (ローマ) Basilica of San Clemente
ローマ、コロッセオの近くに建つ12世紀のロマネスク聖堂。4世紀の初期キリスト教聖堂と1世紀のローマの邸宅・ミトラ神殿を地下に重ねた三層構造で知られ、「ラザニア教会」とも呼ばれる。
§1 — 概要概要
サン・クレメンテ教会(Basilica di San Clemente al Laterano)は、ローマ、コロッセオから東へ数百メートル、ラテラノへ向かう街道沿いに建つカトリックのバシリカ聖堂である。1世紀末の教皇クレメンス1世に捧げられ、現在の聖堂は12世紀初頭に建てられたロマネスク建築だが、その真価はむしろ地下にある。現聖堂の下に4世紀の初期キリスト教聖堂、さらにその下に1世紀のローマの邸宅とミトラ神殿が、ほぼ手つかずのまま積み重なって遺存している。時代の異なる三つの層を垂直にたどれることから、「ラザニア教会」の異名でも親しまれる。
歴史
1世紀、この地には集合住宅と邸宅が並び、邸宅に隣接する一室は密儀宗教のミトラエウムに転用された。4世紀末、邸宅の上に教皇クレメンス1世を記念するバシリカが築かれ、5世紀には教会会議の舞台ともなる。この古い聖堂は1084年、ロベルト・グイスカルド率いるノルマン人のローマ劫掠で損傷し、やがて瓦礫で埋められて放棄された。12世紀初頭、教皇パスカリス2世が旧聖堂の壁を基礎として、その上に新しい聖堂を建てた(着工1099年頃、1108年頃に完成とされる)。これが今日まで残る上層の聖堂である。18世紀初頭、教皇クレメンス11世のもとで大規模な修復が行われ、現在のバロック風の正面(ファサード)と鐘楼は、建築家カルロ・ステーファノ・フォンターナ(バロックの巨匠カルロ・フォンターナの甥)の手になる。1667年以来、聖堂はアイルランド出身のドミニコ会が管理し、1950年代には会士たちが地下の発掘を主導して三層構造を明らかにした。
建築的特徴
上層の聖堂は、身廊と二つの側廊からなる伝統的な三廊式のバシリカである。身廊を仕切る列柱には、古代ローマの建物から運ばれた大理石・花崗岩の円柱がスポリア(転用材)として再利用されている。床は幾何学文様を象嵌したコスマーティ装飾の大理石舗装で、身廊中央には4世紀の聖堂から移された大理石板で組まれたスコラ・カントルム(聖歌隊席)が残る。最大の見どころはアプス(後陣)を覆う12世紀のモザイク「十字架の勝利」で、金地に大きな十字架を据え、そこから生命の樹を象徴する蔓草が渦巻きながら広がる。左側廊奥の聖カタリナ礼拝堂には、初期ルネサンスの画家マゾリーノ・ダ・パニカーレによる15世紀のフレスコ画がある。地下の4世紀聖堂には11〜12世紀のフレスコ画が残り、その一つには俗ラテン語からイタリア語への移行を示す最古級の文が記されている。
意義・現在
サン・クレメンテは、単体の建築としてよりも、ローマという都市が時間を積み重ねてきた様を断面で見せる稀有な場所として名高い。古代の邸宅とミトラ神殿、初期キリスト教の聖堂、中世のロマネスク聖堂、バロックの修復が一つの敷地に重なり、その垂直の連続そのものが展示物となっている。現在もドミニコ会が管理する現役の聖堂であり、地下の発掘部分は有料で公開されている。コロッセオから徒歩圏という立地もあって、ローマ歴史地区の重層性を体感できる聖堂として、観光と研究の双方で重要な位置を占める。