EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ゴハルシャード・モスク
© Dr.rezaei 13 / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q2393680

ゴハルシャード・モスク Goharshad Mosque

مسجد گوهرشاد

イラン北東部マシュハド、イマーム・レザー廟に隣接する大モスク。ティムール朝の王妃ゴハルシャードの発願により1418年に着工し、宮廷建築家ガヴァーム・アッディーン・シーラーズィーが手がけた、ペルシア建築の精華である。

FIG. 02 — Location36.2875° N 59.6147° E
イラン ラザヴィー・ホラーサーン州 マシュハド
§1 — 概要

概要

ゴハルシャード・モスク(مسجد گوهرشاد)は、イラン北東部の都市マシュハドにある金曜モスク(ジャーメ・モスク)である。シーア派最大の聖地のひとつイマーム・レザー廟の複合施設に組み込まれ、今日も巡礼者の集団礼拝の場として機能する。ティムール朝期に建てられた、ペルシア=イスラーム建築の到達点を示す作例として名高い。

歴史

モスクは、ティムール朝の君主シャー・ルフの王妃ゴハルシャードの発願により造営された。1418年(ヒジュラ暦821年)に工事が始まり、約12年を費やしておよそ1430年に完成したとされる。設計と監督を担ったのは、当代随一の宮廷建築家ガヴァーム・アッディーン・シーラーズィーである。建設にはシーラーズやイスファハーンから集められた職人があたった。発願者ゴハルシャードは夫の治世下で多くの建設・慈善事業を主導した人物で、モスクにはその名が銘文として刻まれている。

その後、モスクは度重なる災害と修復を経てきた。サファヴィー朝のシャー・アッバース1世が手厚く整備した一方、1803年の地震や、1911年のロシア帝国軍による砲撃で二重殻ドームが大きく損傷した。被害の蓄積により、1960年代にはドームが構造的な危険と判断され、旧来の輪郭を保ったまま改めて築き直されている。

建築的特徴

平面は、中庭の四辺中央にイーワーンを配する四イーワーン形式をとる。礼拝方向(キブラ)側のイーワーンがとりわけ大きく、その奥に主聖室が開く。約50×55メートルの広い中庭を、イーワーンと列柱廊(シャベスターン)が囲む。

意匠の核心は、青を基調とする色釉タイルの全面装飾である。モザイク・タイルによるアラベスクや幾何学文、書の銘文が壁面を覆い、入口や半ドームにはムカルナスの鍾乳石状装飾がほどこされる。キブラ側のイーワーンの上には球根状の二重殻ドームが架かり、その左右に高さ約43メートルのミナレットが対をなして立つ。主聖室には、継ぎ目のない一枚の大理石から彫り出された壁龕(ミフラーブ)と、鉄釘を一切用いずに組み上げた木製の説教壇(ミンバル)が残る。

意義・現在

ゴハルシャード・モスクは、ティムール朝建築の様式的完成を体現する記念碑であり、その語彙はのちのサファヴィー朝やムガル建築へと受け継がれていった。20世紀には、パフラヴィー朝に対する民衆の抗議が弾圧された「ゴハルシャード・モスク事件」の舞台にもなり、宗教・芸術にとどまらない歴史の場ともなっている。イマーム・レザー廟のなかでも最古の中庭をなし、現在も多くの巡礼者を迎えている。

関連する建築

Related
同じ時代
ペルシア建築 タージ・マハル
1653 · アーグラ
タージ・マハル
Ahmad Lahori

インド北部アーグラ、ヤムナー川南岸に立つ白大理石の霊廟。ムガル帝国の皇帝シャ…

同じ時代
バシリカ アヤソフィア
537 · イスタンブール
アヤソフィア
Anthemius of Tralles

東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世が6世紀に建てたコンスタンティノープルの大聖堂…

データ: Wikidata (Q2393680) / 画像: © Dr.rezaei 13 / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.06.23
ENTRY ID — BLD-0253