スイス・ローザンヌの丘に立つ、同国を代表するゴシックの大聖堂。1170年に着工し1275年に献堂された。13世紀の彩色扉口と巨大なバラ窓で名高く、塔からは今も夜警が時を告げる。
§1 — 概要概要
ローザンヌ大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Lausanne)は、レマン湖を見下ろすローザンヌの丘の上に立つ、スイスを代表するゴシックの大聖堂である。12世紀から13世紀にかけて築かれ、フランス・ゴシックに比肩する完成度をもつ。聖母に捧げられたカトリックの司教座聖堂として始まり、宗教改革を経て、現在はヴォー州福音改革派教会の聖堂となっている。
歴史
建設は、ランドリー・ド・デュルヌ司教の時代の1170年ごろ、無名の棟梁の手で始まった。20年ほどのちに第二の棟梁が引き継いでゴシックの様式へ移し、1215年頃まで工事を進める。三人目にして主要部を完成させたのがジャン・コトレルで、身廊、南の彩色扉口、開廊(グラン・ポルシュ)、そして西側の二基の塔を手がけた。塔は一基(鐘楼)のみが完成し、もう一基は未完に終わっている。コトレルは、リンカンやカンタベリーなど英国の聖堂を思わせる開廊の意匠をもたらし、彼自身イングランドに由来をもつ人物ではないかとも言われる。主要部はおおむね1235年までに整い、1275年10月20日、教皇グレゴリウス10世により、皇帝ルドルフ・フォン・ハプスブルクらの列席のもとで献堂された。1536年の宗教改革でヴォーがプロテスタント化すると、堂内の彩色や調度は覆い隠され、彩色扉口も漆喰で塗りこめられた。19世紀にはフランスの建築家ヴィオレ=ル=デュクの指揮で大規模な修復が行われ、尖塔が現在の姿に改められた。
建築的特徴
平面はラテン十字を描き、身廊と側廊のほか、袖廊と、東端のアプス(後陣)をめぐる周歩廊をそなえる。高い壁はフライング・バットレスに支えられ、大きな窓と上方への軽やかさを生む。南袖廊には13世紀の大きなバラ窓がうがたれ、四大元素や季節、宇宙の秩序を色ガラスに描く「ローザンヌのバラ」として名高い。中世の建築家ヴィヤール・ド・オヌクールも、その図を手帖に書きとめている。南側の彩色扉口は、極彩色の彫像で聖母をめぐる神学を物語る、ヨーロッパでも稀なほど良好に残るゴシックの扉口である。1515年に着工された西正面のモンファルコン扉口は、後期ゴシックの装飾をまといながら、改革期を前に未完のまま残された。
意義・現在
ローザンヌ大聖堂は、中世には聖母の奇跡像を慕う巡礼で賑わい、人口七千の町に年七万の参詣者を集めたと伝えられる。今日もスイス随一のゴシック建築として年に四十万を超える人を迎え、塔からはレマン湖とアルプスの眺望が開ける。とりわけ、1405年から絶えることなく続く「夜警(ル・ゲ)」の習わしは名高く、夜の十時から二時まで、塔上の番人が時を四方へ告げる。中世の石組みに改革派の簡素と近代の修復が層を成すこの聖堂は、八百年余りにわたり街の丘の上に立ち続けている。