河南省洛陽の南、伊河両岸の石灰岩の崖に穿たれた仏教石窟群。5世紀末の北魏から唐代を中心に造営され、2,300余りの窟龕に10万体を超える像が残る。高さ17メートルの盧舎那仏を本尊とする奉先寺洞が最大で、2000年に世界遺産に登録された。
§1 — 概要概要
龍門石窟は、中国河南省洛陽市の南およそ13キロメートル、伊河を挟んで向かい合う西の龍門山と東の香山の崖に穿たれた仏教石窟群である。両岸の山が門のように川を挟む地形から、古くは伊闕と呼ばれた。南北約1キロメートルの崖に2,300を超える窟と仏龕が並び、像の数は10万体を超える。窟の約3割が北魏、約6割が唐代の造営で、二つの時代の仏教彫刻を同じ崖の上で見比べることができる。敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟とともに中国三大石窟に数えられ、1961年に全国重点文物保護単位、2000年に世界遺産に登録された。
歴史
開鑿は、北魏の孝文帝が平城(現在の大同)から洛陽へ都を移した5世紀末に始まる。最古の窟とされる古陽洞には、皇族・貴族から僧尼の集団までが寄進した仏龕がひしめき、造像の由来を刻んだ題記の数は一窟として中国随一とされる。龍門の題記のうち書の手本として名高い20点は「龍門二十品」と呼ばれ、その大半が古陽洞にある。500年頃には宣武帝が父母の追善のため三つの窟の造営を命じたが(賓陽三洞)、北魏のうちに完成したのは中洞のみで、南洞と北洞の完成は唐初にずれ込んだ。北魏が東西に分裂して都が洛陽を離れると造営は衰え、北斉から隋にかけては小規模な開鑿が続いた。
唐代に洛陽が東都とされると、造営は再び勢いを得る。641年には太宗の子の魏王李泰が母の追善のため賓陽南洞の像を整え、褚遂良の書による「伊闕仏龕碑」を立てた。最盛期は高宗と武則天(則天武后)の時代で、680年に完成した万仏洞は壁を埋める約1万5千の小仏で知られる。その頂点が、高宗の発願により672年から675年にかけて造られた奉先寺洞である。武則天も資金を寄せたこの大像龕の本尊、盧舎那仏は高さ17.14メートルで、龍門最大の像である。武則天の治世末から玄宗期にかけては西山に余地が乏しくなり、東山にも看経寺洞などの窟が開かれた。造営は唐の衰退とともに細り、北宋期には途絶えた。
石窟は長い年月のあいだに繰り返し損なわれた。845年の会昌の廃仏に始まり、20世紀前半の混乱期には像の頭部や浮彫が切り取られて売買され、多くが国外へ流出した。賓陽中洞の壁にあった皇帝・皇后の礼仏行列の浮彫は1930年代に剥ぎ取られ、現在はその大部分をニューヨークのメトロポリタン美術館とカンザスシティのネルソン・アトキンズ美術館が所蔵する。文化大革命期にも像が破壊された。1950年代に管理機関が置かれて調査と保護が始まり、現在は龍門石窟研究院が保存にあたっている。
建築的特徴
龍門石窟は、崖の岩盤を掘り抜いて内部空間と像を同時に削り出す岩窟建築である。岩は緻密な石灰岩で、北魏が先に開いた雲崗石窟の砂岩より硬い。掘削に手間がかかる反面、衣の襞や装飾を細く鋭く刻むことができた。像や装飾は高浮彫から線刻に近い浅浮彫までを使い分けて彫り出されている。
窟の形式にも時代の推移が表れる。北魏の古陽洞・賓陽中洞・蓮華洞は平面が馬蹄形に近く、奥壁に本尊を据え、左右の壁にも仏を配して三方を仏で囲む。天井に大きな蓮華を高浮彫で表すのも特徴で、蓮華洞の名はこれに由来する。527年に完成した皇甫公窟(石窟寺)は、三つの壁それぞれに龕を設ける形式を一度に仕上げた例である。唐代になると、窟内に像を納めるだけでなく、崖面を大きく切り開いて巨像を並べる形式が現れる。奉先寺洞は幅・奥行きとも30メートルを超える露天の大像龕で、盧舎那仏を中心に弟子・菩薩・天王・力士の巨像9体が左右対称に並び、崖そのものがひとつの仏殿として構成されている。
様式の面では、龍門は中国仏教彫刻の「中国化」をたどる基準作とされる。中央アジアの影響が濃い雲崗に対し、北魏の龍門の像は面長で首が長く、なで肩の痩せた体つきに、幾重にも重なる衣の襞をまとう。台座を覆って衣の裾が垂れる裳懸座もここで発達した。唐の像は顔も体も豊かに張り、写実的な量感と穏やかな表情をそなえる。
意義・現在
龍門石窟は、インドから中央アジアを経て伝わった石窟寺院の伝統が、都の近くで皇帝の発願と結びつき、最も洗練された段階に達した場所である。窟ごとに刻まれた題記は、誰が、いつ、何のために像を造ったかを伝え、美術史にとどまらず、北魏から唐にかけての社会と信仰、書の歴史を知る一次資料となっている。
現在、西山と東山の石窟は、香山寺や白居易の墓所とともに一帯で公開されている。岩の風化や雨水の浸透による劣化への対処は続いており、奉先寺洞では2021年から2022年にかけて、不安定な岩塊の補強と漏水対策の工事が行われた。流出した浮彫や頭部の多くは、いまも海外の美術館にある。