EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
オーバル・オフィス
© White House / Public domain
FIG. 01 — Q338067

ホワイトハウス西棟(ウエスト・ウイング)の南東隅にある米国大統領の執務室。1909年に最初の楕円形の執務室が設けられ、現在の部屋は1933〜34年の増築でエリック・ググラーが設計した。演説や会談の舞台として大統領職を象徴する空間となった。

FIG. 02 — Location38.8974° N 77.0374° W
アメリカ合衆国 ワシントンD.C. ワシントンD.C.
§1 — 概要

概要

オーバル・オフィス(Oval Office)は、ワシントンD.C.のホワイトハウスにある米国大統領の公式の執務室で、大統領府(Executive Office of the President)の中枢をなす。官邸本館の西に延びる執務棟ウエスト・ウイングの南東隅を占め、名のとおり楕円平面をもつ。現在の部屋は1934年に完成したもので、1909年に初めて設けられた楕円形の執務室を、位置を移して作り直したものである。建築としては一室の内装にすぎないが、演説や会談の映像を通じて大統領職そのものを表す場所となり、政治と空間の結びつきを考えるうえで特異な位置を占める。

歴史

大統領と楕円の部屋の結びつきは建国期にさかのぼる。初代大統領ワシントンはフィラデルフィアの官邸に半円形の張り出しを増築し、その窓の前に立って客を迎えた。ホワイトハウスを設計したジェームズ・ホーバンは本館の中央に楕円形の広間を据え、19世紀には2階の楕円形の部屋(イエロー・オーバル・ルーム)を執務室や書斎に使う大統領もいた。

1902年、セオドア・ルーズベルトは本館2階を家族の住まいに充てるため、執務機能を本館の西に建てた平屋の仮設の執務棟へ移した。これが現在のウエスト・ウイングの起点である。1909年、タフト大統領は棟を南へ拡張し、建築家ネイサン・C・ワイエスの設計で南面中央に最初のオーバル・オフィスを設けた。簡素なジョージアン・リヴァイヴァルの内装で、壁は緑色の布張りだった。1929年12月24日の火災で棟は大きな被害を受け、フーヴァー大統領のもとで修復された。

1933年、フランクリン・D・ルーズベルトは手狭な執務棟の改造をニューヨークの建築家エリック・ググラーに依頼した。ググラーは建物の見かけの規模を変えずに床面積を増やすため、全面的な地下階と目立たない屋上階を加え、棟を東へ広げて閣議室と新しいオーバル・オフィスを置いた。執務室を南東隅へ移したことで、車椅子を使う大統領は居住棟との行き来がしやすくなり、人目を避けやすく、採光も大きく改善した。タフト時代の執務室は取り壊されて職員の事務室となり、新しい部屋は1934年に完成した。

建築的特徴

楕円の長軸は南北に通り、北端に暖炉、南端にサウス・ローン(南庭)を望む三つの大きな窓が向き合う。机は窓の前に、2脚の肘掛け椅子は暖炉の前に置くのが慣例である。西壁には壁龕に収めた二つの作り付け書棚があり、東壁の二つの窓と釣り合いを取る。出入口は四つで、東はローズ・ガーデン、西は私的な書斎と食堂、北西は西棟の廊下、北東は秘書室へ通じる。

意匠はタフト時代の部屋を下敷きにしながら、より重厚なジョージアン風の細部でまとめられた。扉の上には大きなペディメントを載せ、壁と天井の境には持送りの付いた深いコーニスを巡らせる。天井中央には大統領紋章のメダリオンを置き、シャンデリアは吊らず、コーニスに仕込んだ電球で天井面を照らす間接照明とした。窓脇の燭台や紋章の鷲の造形には、同時代のアール・モデルヌの気配もうかがえる。暖炉の大理石の炉棚は1909年の部屋のために作られたもので、1929年の火災後に回収されて再び用いられた。

暖炉前に2脚の椅子を向かい合わせる配置は、ルーズベルトとググラーの打ち合わせから生まれ、以後の定型となった。立つことが難しかった大統領が、客と同じ高さで座って対話できるようにする工夫だったとされる。一方、家具やカーテン、楕円形の絨毯は歴代大統領がそれぞれの好みで選び直し、絵画や彫刻はホワイトハウスの収蔵品や美術館からの貸与でまかなわれる。

意義・現在

オーバル・オフィスは、大統領が国民に語りかけ、各国首脳を迎える場として広く知られるようになった。ケネディによるキューバ危機の発表(1962年)、ニクソンの辞任表明(1974年)、レーガンによるチャレンジャー号事故の演説(1986年)などがこの部屋から行われている。間取りと建築的な骨格は1934年以来ほぼ変わらず、内装だけが政権ごとに入れ替わる。そのため室内の装いは、変わらない器のなかで各大統領の好みや政治的な姿勢を映すものとして読み解かれてきた。

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データ: Wikidata (Q338067) / 解説: Wikipedia 日本語版 · English / 画像: © White House / Public domain — Wikimedia Commons
※ 米国連邦政府の職務著作(パブリックドメイン)。写真の室内装飾は2017年当時のもので、政権ごとに変わる。
LAST EDIT — 2026.10.10
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