セビリア大聖堂 Seville Cathedral
スペイン・アンダルシアの大聖堂。ムワッヒド朝の大モスクの敷地に1402年着工した、現存最大とされるゴシック聖堂である。中庭と鐘楼ヒラルダにはモスクの構造がそのまま残る。
§1 — 概要概要
セビリア大聖堂(Catedral de Santa María de la Sede)は、スペイン南部アンダルシア州セビリアに建つカトリックの大聖堂である。ムワッヒド朝の大モスクの敷地に1402年着工し、16世紀初頭に本体が竣工した。ゴシック聖堂としては世界最大とされ、ゴシック部分だけで長さ126メートル、幅76メートルに及ぶ。清めの中庭とミナレットがモスクからそのまま引き継がれており、イスラーム期とキリスト教期が一つの建物のなかで接続している点でも際立つ。
歴史
この敷地には、1172年にムワッヒド朝のカリフ、アブー・ヤアクーブ・ユースフが命じた金曜モスクが建っていた。設計はアフマド・イブン・バーソが担い、1182年に献堂、1198年に完成している。1248年にカスティーリャ王フェルナンド3世がセビリアを奪回すると、モスクはそのまま大聖堂に転用され、内部が壁で仕切られて礼拝堂に改められた。
1401年、参事会は老朽化したモスク聖堂に代えて新しい聖堂を建てることを決議し、翌1402年に着工する。工事は一世紀以上に及び、主任棟梁(マエストロ・マヨール)には外国出身の職人が相次いで就いた。フランドル出身のイサンバルテが図面を引いたとされ、ルーアン出身のカルレス・ガルテス(通称カルリン)、ノルマンディー出身のフアン・ノルマンが後を継いでいる。1506年頃に本体が竣工したが、1511年12月に交差部の頂塔(シンボリオ)がヴォールトもろとも崩落した。1513年に招かれたフアン・ヒル・デ・オンタニョンが、前作より高さを抑えた新しい頂塔を設計し、1510年代末に完成させている。この頂塔は1888年8月に再び崩落し、同じ形で復原された。
建築的特徴
平面は五廊式で、尖頭アーチとリブ・ヴォールト、外周のフライング・バットレスという後期ゴシックの構成をとる。身廊の高さは約36メートル、交差部では40メートルに達する。窓にはトレーサリーが入り、1478年以降エンリケ・アレマンらがステンドグラスを制作した。主祭壇のレターブロは1482年にピーテル・ダンカルトが着手した木彫の巨大な衝立で、側面部の完成までに一世紀を要し、キリスト伝の場面が格子状に並ぶ。
モスクから引き継がれた要素は二つある。清めの中庭(サハン)は「オレンジの中庭」として残り、ミナレットは鐘楼ヒラルダに転用された。16世紀にはエルナン・ルイス2世がその頂部にルネサンス様式の鐘楼部を積み増している。王室礼拝堂・大聖具室・参事会室といった16世紀以降の増築部は、ルネサンスとプラテレスコの語彙で構成され、ゴシックの本体と対比をなす。
意義・現在
完成時、セビリア大聖堂は千年にわたり世界最大の聖堂であり続けたハギア・ソフィアを規模で上回った。レコンキスタ後に大西洋交易で富を得た都市の自負が、規模そのものによって表明された建築である。王室礼拝堂にはフェルナンド3世とアルフォンソ10世が葬られ、身廊にはクリストーバル・コロン(コロンブス)の墓碑が置かれている。1987年、隣接するアルカサル、インディアス古文書館とともに世界遺産に登録された。現在も大司教座聖堂として機能している。