EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ウマイヤ・モスク
© Tariq-khalaf / Wikimedia Commons / Public domain
FIG. 01 — Q183562
様式 · イスラーム建築 時代 · 中世 類型 · 宗教建築 ★ ユネスコ世界遺産「古都ダマスクス」の構成資産(1979年登録/2013年より危機遺産リスト)

ウマイヤ・モスク Umayyad Mosque

جامع بني أمية الكبير

ダマスカス旧市街の中心に立つ、創建時の形をとどめる最古級の大モスク。ウマイヤ朝カリフのワリード1世がローマ神殿とビザンティン聖堂の跡地に建て、金地モザイクと三廊式の礼拝室で後のイスラーム建築の規範となった。

FIG. 02 — Location33.5114° N 36.3067° E
シリア ダマスカス県 ダマスカス
§1 — 概要

概要

ウマイヤ・モスク(大モスク)は、シリアの首都ダマスカスの旧市街中心にある金曜モスクである。8世紀初頭の骨格を保つ数少ない大モスクの一つであり、イスラーム建築が独自の記念碑的形式を確立した最初の到達点とされる。長方形の境内は東西約156メートル、南北約97メートル。北側の広い中庭(サハン)と、南側の礼拝室(ハラム)からなる。

歴史

この場所は鉄器時代から聖域であった。アラム人が雷雨の神ハダドの神殿を営み、ヘレニズム期にはゼウス、ローマ支配下ではユピテルの神殿として、ローマ領シリア最大の規模に成長した。391年、テオドシウス1世のもとで大聖堂に転用され、アンティオキア総主教座に次ぐ司教座が置かれる。

634年のイスラーム軍によるダマスカス征服後も聖堂はキリスト教徒の手に残り、その一角にムスリムの礼拝所が設けられた。ウマイヤ朝第6代カリフのワリード1世は706年、増え続ける信徒を収容するため聖堂を接収して取り壊し、代償として市内の他の教会をキリスト教徒に返還したうえで、大モスクの建設に着手する。工事には9年を要し、715年に完成した(711年完成とする記録もある)。費用は征服の戦利品とダマスカス駐屯軍への課税で賄われ、動員された職人にはエジプト・ペルシア・ギリシアなど各地の出身者が含まれた。

以後、火災と地震が繰り返しこの建物を襲う。1069年の火災、1401年のティムールによる焼き討ち、1479年の火災、1759年の地震。そのつどセルジューク朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン朝の統治者が修復を重ねた。1893年の火災は礼拝室の内部と中央ドームを失わせ、オスマン朝が9年をかけて復旧している。この復旧は当初の装飾を再現しない方針で行われた。

建築的特徴

外周壁は、ローマ神殿のテメノス(聖域を囲む壁)をそのまま用いたスポリアである。モスクは既存の枠の内側に新しい秩序を差し込む形で成立した。中庭は三方をリワーク(列柱廊)が囲み、南側に礼拝室が接する。

礼拝室はキブラ壁と平行に走る三列の列柱アーケードを持ち、これに入口からミフラーブへ向かって直交する広い身廊が交わる。身廊の中ほどにはドームが架かる。柱頭の多くはコリント式で、旧聖堂からの転用である。それ以前のモスクが平屋根の多柱式にとどまっていたのに対し、バシリカ的な軸線と交差部を導入した点が革新であった。ミフラーブは、メディナの預言者モスクに次ぐ最初期の凹形ミフラーブの一つとされる。

装飾の白眉は金地のモザイクである。当初は4,000平方メートル規模を覆っていたとされ、中庭西側の「バラダ・パネル」などに残る。樹木、河川、建築群を描き、人物と動物を一切含まない。この主題を既知の都市の地誌とみるか、ダマスカスの理想像とみるか、あるいはクルアーンの語る楽園とみるかは長く議論されてきたが、近年は楽園説が有力である。

ミナレットは建設当初には存在せず、旧神殿の隅塔が礼拝の呼びかけに用いられた。現在の3基——北の「花嫁のミナレット」、南西のカーイトバーイのミナレット(1488年)、東の「イーサー(イエス)のミナレット」——はいずれも後世の増築である。

意義・現在

中世のムスリム著述家は、このモスクを「世界の驚異」の一つに数えた。三廊の礼拝室と中央の身廊、そして広い中庭という構成は、以後のシリア、エジプト、北アフリカ、アンダルスのモスクへ規範として広がっていく。礼拝室内には、キリスト教とイスラームの双方が洗礼者ヨハネの首の埋葬地と伝える廟があり、2001年にはローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、教皇として初めてモスクを訪問した。

ユネスコ世界遺産「古都ダマスクス」(1979年登録)の中核をなすが、シリア内戦を受けて同遺産は2013年から危機遺産リストに掲載されている。

関連する建築

Related
同じ様式
ペルシア建築 タージ・マハル
1653 · アーグラ
タージ・マハル
Ahmad Lahori

インド北部アーグラ、ヤムナー川南岸に立つ白大理石の霊廟。ムガル帝国の皇帝シャ…

同じ時代
バシリカ アヤソフィア
537 · イスタンブール
アヤソフィア
Anthemius of Tralles

東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世が6世紀に建てたコンスタンティノープルの大聖堂…

データ: Wikidata (Q183562) / 解説: Wikipedia 日本語版 · English / 画像: © Tariq-khalaf / Wikimedia Commons / Public domain — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.08.17
ENTRY ID — BLD-1127