カルナック神殿 Karnak Temple Complex
エジプト・ルクソールに広がる、アメン神を主神とする巨大な神殿複合体。中王国時代から約二千年にわたり歴代の王が増築を重ねた集積であり、134本の巨柱が林立する大列柱室で知られる。
§1 — 概要概要
カルナック神殿(Karnak)は、エジプト南部ルクソールの北郊に広がる神殿複合体である。古代エジプト語ではイペト・イスウト(「最も選ばれし場所」の意)と呼ばれ、テーベの地方神から国家神へ昇格したアメンを主神とする。アメン=ラー大神域を中心にムト神域、モントゥ神域などを含み、一般に公開されているのは最大のアメン=ラー神域のみである。単一の構想による建築ではなく、およそ30人の王が二千年にわたって手を加え続けた集積である点に、他のエジプト神殿と異なる性格がある。
歴史
造営は中王国時代、センウセレト1世(前1971年頃–前1926年頃)の治世に始まる。テーベが統一エジプトの首都となった新王国時代・第18王朝に拡張が集中し、歴代の王がほぼ例外なく何かを付け加えた。トトメス1世は第4塔門と第5塔門を結ぶ囲壁を築き、これが原位置に残る最古の部分となっている。ハトシェプストは入口に巨大なオベリスクの対を建て、うち一本は今日も立ったままである。大列柱室の着手は第18王朝に遡る可能性があるが、主要な工事は第19王朝のセティ1世とラメセス2世による。配置に対する最後の大きな改変は第30王朝のネクタネボ1世が加えた第1塔門と大囲壁で、造営そのものはプトレマイオス朝まで続いた。ローマ帝国が4世紀半ばに異教神殿の閉鎖を命じて以降は放棄され、廃墟のなかにコプト教会が営まれた。
建築的特徴
神殿は、塔門・中庭・多柱式の広間・至聖所を軸線上に連ねるエジプト神殿の定型に従うが、その軸が幾重にも延長され、直交方向にも分岐している点に特徴がある。中心をなす大列柱室は約5,000平方メートルに134本の円柱が16列に並び、中央2列の12本は高さ21メートル、直径3メートルを超える。周囲の122本は高さ約10メートルで、この高低差が生む段差に明かり取りの窓が設けられ、内部へ光を導いた。柱の上に渡る梁石は70トンに達すると推定される。
石材は主に砂岩で、架構は柱と梁による組積である。柱身と壁面は隙間なく沈み彫りで覆われ、王名を囲むカルトゥーシュとともに戦勝や儀礼の場面が記録されている。
意義・現在
カルナックは、古代エジプトが同じ場所に二千年にわたって信仰と権力を積層させ続けた記録そのものである。王はしばしば前代の建造物を解体し、その石材を自らの塔門の中詰めに転用した。そのため塔門の内部からは失われた祠堂の部材が大量に見つかり、地上から消えたアメンホテプ4世(アクエンアテン)の神殿の復原を可能にしている。1979年に「古代都市テーベとその墓地遺跡」の構成資産として世界遺産に登録された。ギザに次ぐエジプト有数の遺跡であり、野外博物館では解体された祠堂の一部が再構成されて公開されている。