ニンフェンブルク宮殿 Nymphenburg Palace
ミュンヘン西郊に広がるバイエルン選帝侯の夏の離宮。1664年起工のバロック宮殿で、バレッリ、ツッカリ、エフナーらが造営に関わった。ヴェルサイユを超える幅の壮大なファサードと庭園で名高い。
§1 — 概要概要
ニンフェンブルク宮殿(Schloss Nymphenburg、「ニンフの城」の意)は、ドイツ・ミュンヘン西郊に広がるバロック様式の宮殿である。バイエルンを治めたヴィッテルスバッハ家の歴代君主が、夏の主たる離宮として用いた。中央館から左右に翼を連ねた正面の幅は約630メートルに及び、ヴェルサイユ宮殿をしのぐ広がりをもつ。広大な庭園を背後に従え、ドイツ・バロックを代表する宮殿建築の一つに数えられる。
歴史
宮殿の造営は、選帝侯フェルディナント・マリアとその妃ヘンリエッテ・アデライデ・フォン・サヴォイアが、待望の世継ぎマクシミリアン2世エマヌエルの誕生を祝して、1664年にイタリアの建築家アゴスティーノ・バレッリに設計を委ねたことに始まる。造営の途中でバレッリはエンリコ・ツッカリに交代し、1675年に中央館が完成した。18世紀に入ると、宮廷建築家ヨーゼフ・エフナーが中央館のファサードをピラスターで飾るフランス・バロック風に改め、厩舎や両翼を増築した。北側のオランジェリーは1758年に完成し、邸館が半円状に並ぶシュロスロンデルとともに、宮殿は壮大な全体像を整えていった。
建築的特徴
宮殿の核は、立方体に近い中央館にある。その内部を貫く石の大広間(シュタイナーザール)は三層分の高さをもつ吹抜けで、ヨハン・バプティスト・ツィンマーマンによる天井画と、フランソワ・ド・キュヴィイエの装飾が華やかに展開する。庭園には四つの離れが点在し、なかでもキュヴィイエが1734年から39年にかけて手がけた狩猟館アマリエンブルクは、繊細優美なロココ装飾の傑作として名高い。鏡の間をはじめとする室内には、銀と淡い色彩によるロカイユ装飾がちりばめられている。前面に広がる幾何学的なパルテールの花壇と相まって、バロックからロココへと移ろう装飾の変遷を一望できる。
意義・現在
ニンフェンブルク宮殿は、一人の建築家の構想ではなく、一世紀以上にわたる増築と改装の積み重ねによって今日の姿に至った。複数の建築家・装飾家の手が重なることで、イタリア・バロックに始まりフランス風を経てロココへと至るバイエルン宮廷美術の流れが、一つの建築群のうちに刻み込まれている。現在は博物館として一般に公開され、広大な庭園とともにミュンヘン有数の名所となっている。