EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
サンドリンガム・ハウス
© John Fielding from Norwich, UK / CC BY 2.0
FIG. 01 — Q935116

サンドリンガム・ハウス Sandringham House

Sandringham House

イングランド東部ノーフォークにある英国王の私邸。皇太子時代のエドワード7世のためにA・J・ハンバートが1870年に完成させ、のちにR・W・エディスが増築した。赤煉瓦のジャコベサン様式で、王室がクリスマスを過ごす地として知られる。

FIG. 02 — Location52.8297° N 0.5139° E
イギリス ノーフォーク州 サンドリンガム
§1 — 概要

概要

サンドリンガム・ハウス(Sandringham House)は、イングランド東部ノーフォーク州のサンドリンガムにあるカントリー・ハウスで、英国王が私人として所有する邸宅である。バッキンガム宮殿やウィンザー城が君主の公的な地位に属する王宮であるのに対し、この邸宅はスコットランドのバルモラル城と同じく君主個人の財産であり、代替わりのたびに相続や買い取りを経て受け継がれてきた。

現在の建物は、のちのエドワード7世が皇太子時代に旧邸を取り壊して建て直したもので、エリザベス朝・ジェームズ朝の邸宅を手本とする赤煉瓦のジャコベサン様式でまとめられている。邸宅は約2万エーカー(約8100ヘクタール)の所領の中心に立ち、周囲を庭園と森林が囲む。

歴史

この地には16世紀後半に荘園屋敷が建てられ、1771年にはコーニッシュ・ヘンリーがジョージ王朝風の邸宅サンドリンガム・ホールに建て替えた。19世紀半ばの所有者チャールズ・スペンサー・カウパーは、建築家サミュエル・サンダース・テューロンにジェームズ朝風の玄関ポーチと温室を増築させている。

1862年、ヴィクトリア女王の長男アルバート・エドワードの住まいとして、この邸宅と約8000エーカーの土地が22万ポンドで買い取られた。候補地の選定は父アルバート公が進めていたもので、公は前年末に没したが、計画はそのまま実行に移された。翌1863年にデンマーク王女アレクサンドラと結婚した皇太子には旧邸が手狭であったため、王室の仕事を重ねていたA・J・ハンバートが新邸を設計した。工事は1866年に使用人棟から始まり、本館は1870年に完成した。旧邸から残されたのはテューロンの温室だけで、ビリヤード室に改められた。玄関ホールには、この家を1870年に皇太子夫妻が建てたと記す銘が掲げられている。

整形庭園の奥に建つサンドリンガム・ハウスを描いた彩色版画
完成から間もない1870年代末の邸宅を描いた版画(F・O・モリス編の邸宅図集より)F. O. Morris 編の邸宅図集より(作者不明) / パブリックドメイン — Wikimedia Commons

増築はその後も続いた。1883〜85年にはロバート・ウィリアム・エディスの設計で大きな平屋の舞踏室が加わった。1891年に上階の寝室群を焼く火災が起きると、エディスが修復にあたり、あわせてボウリング場の上に独身の客のための寝室を載せた翼棟を増築した。20世紀に入ると、ジョージ5世が1932年にここから国王として初のクリスマスのラジオ放送を行い、1936年にここで没した。所領内で生まれたジョージ6世も1952年にこの邸宅で亡くなっている。1960年代末にはヒュー・カソンの指導で内部が改装され、背面の付属棟が撤去された。エリザベス2世は1957年に初めてのテレビによるクリスマス放送をここから行い、1977年には即位25周年を記念して邸宅と庭園を初めて一般に公開した。2022年からはチャールズ3世が所有する。

建築的特徴

本館は赤煉瓦の壁に白っぽいケットン石の縁取りを施した構成で、エディスの増築部には地元ノーフォーク産の褐色の砂岩(カーストーン)が多く使われている。東西に長い二つの正面は左右対称をあえて崩し、急勾配の妻壁、石造の出窓、玉ねぎ形の屋根を載せた小塔、装飾的な煉瓦積みの高い煙突が屋根の輪郭を細かく刻む。ハンバートは同じノーフォークにある17世紀初めの邸宅ブリックリング・ホールを主な手本とし、旧邸に付いていたテューロンの意匠も参照した。

玄関の大きなポルト・コシェールをくぐると、前室を介さずに邸内最大の部屋であるサルーンに入る。この配置は客が外套を脱ぐ場所を欠き、使い勝手が悪いとされた。サルーンには楽師のためのギャラリーが設けられ、舞踏室ができるまでは舞踏会の会場も兼ねた。食堂にはスペイン王アルフォンソ12世が1876年に贈った、ゴヤの下絵によるタペストリーが掛かる。エディスの舞踏室は長さ約19メートル、白く塗った漆喰の樽型ヴォールトの天井をもつ。内装と家具の大半は、1870年代にロンドンのホランド・アンド・サンズ社が一括して手がけたものである。

シャンデリアの下がる大広間の白黒写真
20世紀初めのサルーン(チャールズ・レイサム撮影)Charles Latham (1847-1912) / パブリックドメイン — Wikimedia Commons

意義・現在

建築としての評価は高くない。ニコラウス・ペヴスナーはこの邸宅の様式を落ち着きのないジェームズ朝風と評し、建築史家ジョン・マーティン・ロビンソンは英国王室の邸宅のなかで最も建築的な見どころに乏しいと書いた。ハンバートの本館とエディスの増築部との不調和も、くり返し指摘されてきた。一方で、同じ時代の大邸宅の多くが20世紀に取り壊されたり転用されたりしたなかで、ここは住まいとして使われ続け、建設当初の家具調度から庭園、所領の付属建築までを一体で残している。

庭園・園地・森林は1987年にイングランドの歴史的庭園の登録簿にグレードII*で登録された。建物自体は指定建造物になっておらず、ノーフォーク州の歴史環境記録は、指定に値すると評価されながらも王室の財産であるため指定できないと記している。邸宅と庭園は時期を限って一般に公開され、王室は今も毎年のクリスマスをここで過ごしている。

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LAST EDIT — 2026.10.29
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