EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ルーアン大聖堂
© Kuxu76 / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q476516

ルーアン大聖堂 Rouen Cathedral

Cathédrale Notre-Dame de Rouen

フランス北西部ルーアンに立つノルマンディー首座大司教の大聖堂。12世紀半ばから16世紀初めにかけて建てられ、様式の異なる三つの塔をもつ。1876年に完成した鋳鉄の尖塔は高さ151メートルで、一時は世界一高い建造物だった。モネの連作の主題としても知られる。

FIG. 02 — Location49.4402° N 1.0950° E
フランス ノルマンディー地域圏 ルーアン
§1 — 概要

概要

ルーアン大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Rouen)は、セーヌ川下流の都市ルーアンに立つカトリックの大聖堂で、ノルマンディー首座大司教の座である。現在の建物は12世紀半ばから16世紀初めにかけて築かれ、初期ゴシックからフランボワイヤン、さらにルネサンスの要素までを一つの堂に重ねている。西正面の両脇に立つサン=ロマン塔と「バターの塔」、交差部の上に立つ塔という、時代も様式も異なる三つの塔が外観を特徴づける。交差部の塔に載る鋳鉄の尖塔(高さ151メートル)は1876年に完成し、ケルン大聖堂が竣工する1880年まで世界で最も高い建造物であった。

歴史

ルーアンには古代末期から司教座が置かれ、10世紀にノルマンディー公領が成立すると、大聖堂は公の洗礼と埋葬の場となった。11世紀にはロマネスクの聖堂が築かれ、1063年に献堂されている。

ゴシックへの建て替えは、サン=ドニ修道院聖堂の献堂式(1144年)に列席した大司教ユーグ・ダミアンが、翌年ごろ北西の塔、のちのサン=ロマン塔に着手したことに始まる。1185年以降、後継の大司教ゴーティエのもとでロマネスクの身廊が取り壊され、新しい身廊の工事が進んだ。1200年の復活祭前夜の火災で損傷を受けながらも工事は続き、身廊と内陣は13世紀前半のうちにおおむね整った。13世紀末には翼廊の南北に彫刻で満ちた扉口が、14世紀初めには東端に大きな聖母礼拝堂が加わる。

15世紀後半、石工頭ギヨーム・ポンティフがサン=ロマン塔の最上層を仕上げ、1485年には西正面の南側で新しい塔の工事を始めた。四旬節に乳製品を口にする許しと引き換えの寄進を資金の一部としたことから「バターの塔」と呼ばれるこの塔は、後任のジャック・ル・ルーが1506年に完成させた。続いてルーラン・ル・ルーが、傾きの生じた西正面の中央部を1508年から1511年にかけて作り直している。

交差部の尖塔は1514年に焼け、16世紀半ばに木造鉛葺きで再建されたが、これも1822年の落雷による火災で失われた。建築家ジャン=アントワーヌ・アラヴォワーヌは鋳鉄による新しい尖塔を提案し、1825年に工事が始まる。素材をめぐる論争と度重なる中断を経て、尖塔は1876年に完成した。1944年には連合軍の爆撃で南側廊やサン=ロマン塔が被災し、修復は戦後長く続いた。1999年の暴風では尖塔脇の小尖塔が落下して内陣を傷め、2024年7月には改修工事中の尖塔で火災が起きたが、同日のうちに鎮火している。

建築的特徴

身廊は四分割のリブ・ヴォールトで覆われ、側廊の外からフライング・バットレスが上部の壁を支える。1200年以前に着工した西寄りの柱間は、トリフォリウムの下にトリビューン(階上廊)をもつ初期ゴシックの四層構成を基本とするが、火災後の設計変更で下層のアーチが高く広げられ、側廊の窓からの光が身廊の奥まで届くようになった。

交差部の上に立つランタン塔は、ノルマンディーのゴシックに受け継がれた形式で、堂内から見上げると高い吹き抜けの頂に光が満ちる。その上に載るのが、鋳鉄を組んだ透かし尖塔で、四隅に銅製の小尖塔を従える。石造ゴシックの輪郭を19世紀の工業材料で組み上げたこの尖塔は、修復と新技術が交わった時代の産物である。

西正面は三つの扉口を中心に、13世紀から16世紀にかけて重ねられた彫刻とトレーサリーに覆われる。左右の塔が本体から少し退いて立つため、正面は幅広く、左右非対称の構えとなる。中央扉口のティンパヌムにはキリストの系譜を表す「エッサイの樹」が刻まれる。翼廊北の「書籍商の扉口」と南の「カランドの扉口」は、13世紀末から14世紀にかけての彫刻で名高い。堂内にはノルマンディー公ロロの墓碑や、獅子心王リチャード1世の心臓を納めた墓がある。

意義・現在

一つの建物のなかに、ゴシックの約4世紀にわたる変化を順にたどれる点で、フランス・ゴシック建築の重要な資料である。1892年から翌年にかけて、クロード・モネは向かいの建物の窓から西正面を描き続け、光と天候によって色を変える石の面を約30点の連作《ルーアン大聖堂》に残した。1905年の政教分離法により国有となり、現在はカトリック教会が礼拝に用いる。フランスの歴史的記念物に指定されている。

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Features

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LAST EDIT — 2026.09.30
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