特集 — FEATURE
独立後の首都に何が建ったか——旧ソ連圏の国家建築 1993–2015
What Was Built in the Capitals After Independence: State Architecture in the Former Soviet Union, 1993–2015
1991年のソ連解体で独立した国々は、新しい国家の顔を建築に求めた。名築が収録する旧ソ連圏の建物のうち、独立後に着工したものは9件ある。1993年着工のアシガバートのモスクから2015年開場のバクーの競技場まで、約20年のあいだに5か国の首都とその近郊に建てられた。
本稿はこの9件を横に並べ、そこに見える四つの傾向を読む。国の象徴を外形にそのまま写すこと、設計を国外に託すこと、信仰の建築を建て直すこと、そして竣工を国家の暦に合わせることである。
前史:ソ連の共和国首都が建てたもの
ソ連期の共和国首都では、民族性は建物の輪郭ではなく装飾と素材で表された。エレバンでは、タマニャンがエレバン・オペラ劇場(1930–39年)で新古典主義にアルメニアの国民様式を織り込んだ。共和国広場の建築群は、淡紅色の凝灰岩によるアルメニア歴史博物館(1977年完成)で締めくくられる。
1980年代に入ると、カレン・デミルチャン・コンプレックス(1983年)やミンスク・ナショナル空港(1982年)のような、ソビエト・モダニズムの大架構が現れる。いずれも設計者は国内の建築家であり、形の文法は連邦全体で共有されていた。独立後の建築は、この前提を順に崩していく。


象徴を外形にそのまま写す:炎・絨毯・天幕
9件のうち3件は、国の象徴を抽象化せず、建物の輪郭そのものにしている。ソ連期の建築が装飾で民族性を語ったのに対し、ここでは形が一語で国名を指す。
バクーのフレイム・タワー(2007–12年)は、炎をかたどった三棟の超高層である。最高棟は182メートルに達し、夜には外皮のLEDが炎の揺らぎと国旗を映す。天然ガスの噴出と拝火信仰に由来する「火の国」の自己像を、都市規模の造形にしたものである。
同じバクーのアゼルバイジャン国立絨毯博物館(2008–14年)は、巻かれた一枚の絨毯の形をとる。収蔵品の主題を建物の形に翻案した例で、2010年の絨毯織のユネスコ無形文化遺産登録と時期を同じくする。
アスタナのハーン・シャティル娯楽センター(2006–10年)は、名がカザフ語で「王の天幕」を意味する。遊牧の天幕を、高さ150メートルのETFEの膜屋根に置き換えた。アスタナが首都になったのは1997年12月であり、新首都に国の起源を示す形が求められたことがうかがえる。


三つの形に共通するのは、遠くからでも写真一枚でも識別できることである。国外へ向けて国名を伝える看板として働く形といえる。
設計を国外に託す:9件中8件が外国の設計者
9件のうち8件は、外国の設計者か建設企業の手になる。国内の建築家によるものは、エレバンの聖グレゴリオス啓蒙者大聖堂(ステパン・クルクチャン設計)の1件だけである。名築が収録するソ連期の例が、いずれも国内か連邦内の建築家によるものだったのとは対照的である。
発注先は米国のHOK、英国のフォスター・アンド・パートナーズ、韓国のヒリム、オーストリアのヤンツ、イタリアのデ・ルッキ、トルコの設計者、フランスのブイグと広く散らばる。特定の国に偏らないことは、旧宗主国ロシアからの距離を示す選択とも読める。
トビリシの平和の橋(2009–10年)は、その極端な例である。ミケーレ・デ・ルッキが設計した鋼とガラスの歩道橋は、構造をイタリアで製作し、約200台のトラックで運んで現地で組み上げた。中世の旧市街に外から現代を差し込む姿は、開通当初は批判も受けた。

信仰を建て直す:大聖堂と二つのモスク
9件のうち3件は宗教建築であり、無神論を国是としたソ連の後に、信仰を国家の記念碑として建て直したものである。

エレバンの聖グレゴリオス啓蒙者大聖堂(1997–2001年)は、301年のキリスト教国教化から1700年の記念として建てられた。円錐屋根や石積みといった中世のアルメニア建築の語彙を、高さ54メートルの規模へ拡大している。
対照的なのは、アシガバートとその近郊に建つ二つのモスクである。エルトゥールル・ガーズィー・モスク(1993–98年)は、トルコの首相デミレルの構想から生まれ、トルコの設計者がイスタンブールの古典オスマン建築を白大理石で再現した。テュルク系の結びつきを、トルコの様式を借りて表したものである。
約10年後のテュルクメンバシュ・ルーフ・モスク(2002–04年)は、オスマン様式を採らず、トルクメニスタンの歴史的建造物の意匠を前面に出した。壁面にはコーランと並んで、初代大統領ニヤゾフの著書『ルーフナマ』の章句が刻まれた。同じ国の二つのモスクのあいだで、借りた様式から自国の意匠へ、さらに指導者個人の記念碑へと重心が移っている。

記念日と大会が建築を呼ぶ
9件の多くは、完成や開業の日付が国家の暦に結びつけられている。数字や日付そのものが、建物に意味を与える装置になっている。
- 記念日:ハーン・シャティルは、ナザルバエフ大統領の70歳の誕生日に合わせて2010年7月に開業した。平和の橋は、ジョージアの守護聖人聖ゲオルギオスの祝日である2010年5月6日に開通した。
- 数字:テュルクメンバシュ・ルーフ・モスクの4基のミナレットは高さ91メートルで、独立の年1991年にちなむ。エレバンの大聖堂は、国教化1700年の2001年に成聖された。
- 国際大会:バクー・オリンピックスタジアム(2011–15年)は、2015年の第1回ヨーロッパ競技大会の主会場として整えられた。アスタナ・アリーナ(2006–09年)は、2011年のアジア冬季競技大会の開会式会場となった。フレイム・タワーは、2012年のユーロビジョン・ソング・コンテストで国外の注目を集めた。
大会は建設の期限となり、記念日は開業の日を決める。独立後の首都では、建築が国家の行事の一部として計画されたことがうかがえる。
むすび
9件は用途も規模も様式も異なるが、どれも「新しい国が外からどう見られたいか」への答えとして建てられた。ソ連期の首都建築が、共通の文法の上で民族性を装飾に託したのに対し、独立後の建築は輪郭と設計者の国籍と日付で国家を語る。
ただし、その語り方は固定されたものではない。テュルクメンバシュ・ルーフ・モスクに見られた個人崇拝の要素は、ニヤゾフの没後、他のモスクでは取りやめられた。各建物の詳細は、下の表から個別のページで確かめられる。







